【日記】私の目はまだきれいだろうか。
こんにちは。
言われて嬉しかった言葉は
たくさんある。
例えば、私は10歳のころ、海外に住んでいたことがある。
1年にも満たない、短いあいだ。
お稽古で習っていたバレエ教室の受付にいたのは、黒人の太ったおばちゃん。
おばちゃんに見えたが、実際の年齢は分からない。
恰幅のいい彼女が通りすがりに、こう言った。
"Missi(ほんとは下の名前) has beautiful eyes."
ビューーティフル、と強調していたから、きっと、
あんたは きれーーいな目を持ってるよ、そんなニュアンスだったと思う。
「せんきゅう。」
センキューなら10歳でも言えた。
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ふたつめは "Da sein."
ドイツ語で実存性?
"Here I am"みたいなことかしらと解釈している。
『今のあなたにはこの言葉がぴったりな気がします』
と、これまた1年足らずの交換留学から帰国した高校2年生の私に贈ってくれた、
合唱部のコーチのことば。
社会人になって初めて買った、オーダーメイドのネックレスにはda seinと刻んだ。
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まだまだある。たくさんある。
でもとびっきり大事にしている言葉がある。
大学のゼミの教授が、飲み会の席で
でっかい声で私に言ったこの言葉。
「お前の良いところはなあ、無意味な社会性がないところだ!」
?!
それまでの私といえば、
まだ自分に友達ができる自信がなく過ごしていた。
大学3年生になり、ゼミに入った。
しかしわたしはちゃんとゼミの同期とともだちになれるのか。
ハラハラしながら毎週のゼミを過ごす。
ともだちになるための気の利いた社交的なことは、当然言えない。
ただ、
ゼミの間に自分の意見を述べたり、
質問があれば手を挙げて教授に問いかける。
そういうことはできた。
そんな方法でかろうじて自己主張をしていた。
そしたらああ言われたのである。
無意味な社会性がない。
なんて最高の褒め言葉だろう。
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最近の話に戻ります。
三島由紀夫を読んだあたりから 活字を目にいれるのに疲れはじめた。笑
ちょっと休憩。なんか易しい本でも読もう。
「なんかカンタンな本、、なんかカンタンな本、、、」
と本屋を徘徊した結果、手に取った本がこれだった。
どーん。もはや本と呼べるのか。呼べないのか。
いくら休憩ったって。笑
占いなんて信じないもーん
読むだけだもーんと言い訳しながら結局買い、
パラパラめくっていたらこんな言葉があった。
『過去は変えられるが、未来は変わらない』
なにこれー?ふつう逆じゃない?と思ったけど、あ!と思った。
教授の言葉で自分が変わったことを思い出した。
「お前の良いところは無意味な社会性がないところ」
そうだそうだ。この言葉でわたしは、
「あ、私これでいいのか」と思い直せたんだった。
それまでの過去をひきずって、
どうせ私に友達なんてできない、と思っていた。
それが、
なあんだ。あのおかげで今があるのか。
そして、
なあんだ。それが私のいいところなのか。
と、思えるようにしてくれた。
『過去は変えられるが、未来は変わらない』
これは、
「あのときのせいで」ではなく
「あのときがあるから」に変換するための言葉なんだね。
なにこの言葉。と思ったけど、経験済みだった。
やるじゃん。ゲッターズ飯田。
それにしても私はまだ、彼女がいってくれたような
きれいな目をしているだろうか。
今日は鏡の自分と見つめあってみよう。
おしまい。